

大学受験後の大学教育の話をしよう。大学を役割別に、仮に次の三つに分類するとしよう。(1)研究者、高級技術者養成大学(2)専門職業人養成大学(3)よき社会人養成大学入試難易度的に平たく言ってしまえば、(1)は難関大学、(2)は中堅大学、(3)は比較的入りやすい大学となるだろう。いま(1)の研究者、高級技術者養成大学を激震が襲っている。研究者、高級技術者養成大学というのは具体的に名前を挙げるならば、東大や京大をはじめとする国立の旧七帝大、東工大、一橋大など、私立では早稲田大や慶応大などである。これらの大学を襲っている激震の源は成果主義である。日本国は大学に対して研究や教育のためにお金を出しているが、大学はそれに対するちゃんとした成果を示せと迫られているのである。
二〇一五年の予測では対一九五〇年で一〇〇パーセントを割っている県は秋田、山形、福島、新潟、鳥取、島根、山口、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、鹿児島の十五の県である。これらの県の教員養成系の大学ではすでに、一学年の定員をぎりぎりまで減らしている。佐賀大学の学校教育課程などはたった九十名しか募集していない。しかし教育学部が店を張るには、最低九十名の教員が必要と言われている。国立大学は公共の福祉を存立の根拠として考えなければならないであろうが、あまりにも大きな国費の放出はもはや許されないであろう。それに何よりも心が痛むのは学生の就職先である。上記十五の県で予測される就職状況は決して芳しくない。そこで学校に進まずに、学習塾や個別指導塾の教壇を選ぶ先生も少なくないのだ。
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人気の高いAグループの予備校講師の授業に対しては、生徒たちは「明日は○○先生の授業だ」と張り切って予習をし、「ほぼ全部した」の完全予習者率は四五パーセントくらいである。そしてBクループの予備校講師の場合のそれは、平均で三七パーセントくらい、Cグループでは三〇パーセントにまで下がるが、Dグループでは逆に三三パーセントと上昇をはじめ、Eグループになると、ついにAグループと同じ四五パーセントにまで達してしまうのである。この意味がお分かりだろうか。そう、お察しのとおり「この先生の授業は分かりにくいから、よほど予習しておかないと」、あるいは「この先生についていたらどうなるか分からない。自分でやるしかない」という生徒の自己防衛を物語っていると言えよう。案外Eグループの予備校講師は生徒に自立を促す、反面教師かもしれない。
昔は、仕事がうまくいかないと、ひとえに自分の修業が足りないからだと思っていました。でも最近、どんな名人でも同時通訳は不可能だろうと思うことがあります。たとえばダジャレ。「昨日カルカッタから戻ってまいりましたが、気分の方は本当にオモカッタのです」「大みそかぎりぎりに交渉の再開が決まり、これが本当の明けましておめでとう」ひと言では説明できない日本独特の言い回し。「どこを切っても金太郎のような人材では困る」ことわざや故事、川柳など。「売家と唐様で書く三代目」「心頭滅却すれば火もまた涼し」このような表現は、ふつう、言いたいことを効果的に伝えるための飾りとして使われていますが、英語に訳してしまうと言葉のおかしみや意味の深みが失われてしまいます。お客さまの前で仲間うちだけにわかる冗談をとばすのが失礼であるように、英語になりにくい表現を使って日本人だけが盛り上がるのは国際的なエチケット違反だと思います。